10月3日、姫路船場別院本徳寺にて、「被爆七十周年 非核非戦の集い」が開催されました。秋晴れの下、300名を越える参加者がありました。前半が講演、後半がコンサートという二部構成でした。
前半では、長田浩昭氏(京都教区法伝寺住職)より「被爆六十周年にはなかったもの」というテーマでお話いただきました。はじめに、原爆と原発は異なる放射能汚染であることの説明や、福島県の現状を紹介されました。なかでも被曝労働者の問題は深刻で、原発によって「唯一の被爆国がそれ以上の被曝者を生みだしてきた」事実を突きつけられました。
次に、「核の平和利用」の名の下に推進されてきた日本の核政策の歴史から、現在始まっている原発の再稼動へとつづく流れのお話がありました。「非核非戦」といいながら、核の本当の問題性がわからなかったのは、国家を問えない宗教の罪だと指摘されました。 その中で藤元正樹氏(山陽教区)の、
今こそ、私達は、この原爆投下の持つ思想的意味を、「見出さるる究極の事実」として明らかにしなければなりませぬ。
「見出さるる究極の事実」というのは、原爆という戦争の為の兵器への恐怖と憎悪を言うのではなく、同時に、原子力の平和利用の名に於いて平気でそれを許容している戦後五十年の我々の現実であります。
(長崎教区『非核非戦法要記録集』)
という「原爆五十周年記念非核非戦法要メッセージ」を紹介されました。
さらに、なぜ原発の問題がごまかされ、その苦しみが見えなくされていたのか。切り捨てられる人々の姿を見つめ続け、ともに生きていかれた親鸞聖人の眼差しが指し示してくださっているのはどういうことか。さまざまな問いを提起してくださいました。
後半は、「ちひろトーク&コンサート~お念仏のこころ 金子みすずのこころ~」と題して、金子みすずさんの詩に曲をつけた歌などが、ちひろ(歌手・作曲家/山口県出身)により披露されました。被爆ピアノによる演奏や、手話を交えての歌、参加者と共に「ふるさと」を歌う場面もありました。包み込むようなやさしい歌声とピアノの音色が堂内に響き、ゆったりとした時間が流れ、参加者の皆さんも聞き入っておられました。
最後に河野教明実行委員長より、「今回の集いで、心の中になにが残ったのか、一人ひとりが向かい合い、受け止めていだきたい」と挨拶があり、閉会となりました。(事業推進部)