2012年2月22日、長島愛生園へ行かせていただきました。参加者は、入所者の方も合わせて20名程でした。

勤行、御講師のお話。そしてその後は、マイクを回しながらの座談会でした。 園の方はいつも「よく来てくれたね。」と笑顔で迎えて下さいます。 その笑顔で、自分が施設交流部員だからという義務感みたいなものがなくなりました。

座談会の後、長島愛生園資料館に案内していただきました。そこで知った様々な事実に私は言葉を失いました。

1930年11月30日、日本初の国立療養所として、この長島愛生園は誕生しました。

その頃、収容された子供の中には まだ幼い6歳の子もいたそうです。ですから、療養所のある島の中には小学校もありました。それに、親を収容されてしまった子供達が通う為の小学校もあったそうです。

しかし、同じ小学校でありながらも、ハンセン病患者の方とそうでない人達が、絶対に越えてはならない境界線をはさんでの場所にそれぞれが建てられていました。家族が面会することはできたそうです。でも、顔を見ることはできても、相手に触れることは許されなかったそうです。胸がしめつけられました。

私には9歳と7歳の子供がいます。子供達とはもちろんのこと、家族、友人、皆と自由に過ごせる日常が、どれほど幸せでかけがえのないものか。 自分があたりまえと感じていることを、あたりまえに過ごせていることがどれだけ大切であるかということを強く感じました。

人と出会うこと。自分の今まで知らなかったことを知るということ。このことが、自分自身と出会い、そして自分自身を知るということなのではないかと改めて感じました。

2月22日。私の祖父の祥月命日です。おじいちゃんがいてくれたからこそ、私が今ここにいるんだなあ。と改めて考えた時、今までのあたりまえが奇跡にも思えました。(施設交流部)